大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和31年(ヨ)174号 判決

申立人(一七一号申立人一七四号相手方) 株式会社高知新聞社

相手方(一七一号相手方一七四号申立人) 本久晃 外二名

主文

一、昭和三一年(ヨ)第一七一号事件につき、

申立人会社の申立を却下する。

二、昭和三一年(ヨ)第一七四号事件につき、

申立人会社が、昭和三一年八月三一日相手方三名に対してなした解雇の意思表示は、当裁判所昭和三一年(ワ)第三五六号解雇無効確認事件の本案判決確定に至るまで、その効力を停止する。

申立人会社は、相手方本久晃に対し金五四、三六〇円、相手方山川正に対し金六七、九二〇円、相手方堅田慎一郎に対し金五二、六二〇円を支払え。

申立人会社は、昭和三一年一二月以降前記本案判決確定に至るまで、毎月末、一月、相手方本久晃に対し金一八、一二〇円、相手方山川正に対し金二二、六四〇円、相手方堅田慎一郎に対し金一七、五四〇円の各割合による金員を支払え。

三、右両事件の訴訟費用は、申立人会社の負担とする。

(注、無保証)

事実

双方の申立。

申立人会社代理人は、昭和三一年(ヨ)第一七一号事件に付「相手方三名は、別紙目録記載の建物内に入つてはならない。」旨の判決を、同年(ヨ)第一七四号事件に付「相手方三名の申立を却下する。訴訟費用は相手方三名の負担とする。」旨の判決を求め、相手方三名代理人は、昭和三一年(ヨ)第一七一号事件に付「申立人会社の申立を却下する。」旨の判決を、同年(ヨ)第一七四号事件に付、主文第二項と同旨の判決を求めた。

双方の主張事実。

申立人会社代理人は、昭和三一年(ヨ)一七一号事件の申立理由及び同年(ヨ)第一七四号事件の答弁として、

(一)  申立人会社は、高知市に本店を置き、日刊新聞の発行を業とするもの、相手方本久晃は、昭和二四年七月二五日、申立人会社に入社して、社会部、文化部、整理部等の記者として勤め、而して、昭和三〇年一二月から昭和三一年八月一四日までの間、申立人会社労働組合(以下高新労組と略称)の執行委員長をしていたもの、相手方山川正は、昭和二二年三月一八日、申立人会社に入社し、広告部員として勤め、而して、昭和二九年五月から昭和三〇年六月まで、高新労組の書記長をつとめ、昭和三一年六月副執行委員長に選任され、同年八月一四日、副執行委員長を辞任したもの、相手方堅田慎一郎は、昭和二七年一月二一日、申立人会社に入社し、政経部等の記者として勤め、而して、昭和三一年六月一日申立人会社経営協議会幹事(高新労組の執行部の一員として)となり、同八月一四日、右幹事を辞任したものである。

(二)  ところで、申立人会社は、昭和三一年三月、社員の給与体系をつくるに当り、社員の経歴調査を実施したところ、編集局次長下坂慶造、同川淵操の両名が、右調査に対し、夫々、重要なる経歴(学歴)を詐称申告したばかりでなく、昭和二一年及昭和二四年の両度に実施された経歴調査に対しても、夫々の給与額決定の重要な要素である学歴を詐称申告して、申立人会社を欺罔し、長年に亘つて、不当に多額の給料の支払をうけた事実が判明した。

(三)  そこで、ニュースの真実性をモットーとする新聞社の中枢たる編集局の最高幹部たる者の行為として、右両名の学歴詐称は、その責任重大であるに鑑み、申立人会社に於ては、他の新聞社の先例を調査し、又部長会議の意見を徴し、慎重考慮した結果、昭和三一年六月二九日の取締役会に於て、右両名が、十数年に亘つて、申立人会社に勤続したことを考慮し、右両名の名誉を重んじて、依願退社の取扱にして退職金の支給をうけられるようにすると共に、右両名の就職斡旋をも考慮する、もし右両名が依願退社を肯じない場合は、右両名を懲戒解雇処分に付する方針を決定し、取締役兼編集局長中野信男を通じて、右両名に依願退社を勧告したところ、右両名は、これに応じて、右中野に退社届を託した。

(四)  ところが、右中野信男は、取締役会の右決議に従い、右退社届を取締役会に提出すべきであるのに、任務に反して、これを手許に保留中、高新労組は、申立人会社に何等事情をただすことなく、合同役員会を開いて、右両名の退社を不当解雇とみなして、右解雇反対斗争を展開する方針を決定し、同年七月二日、申立人会社に右両名の解雇取消を申入れる一方、翌三日には、右両名に対して、右退社届の撤回を勧告すると共に、右両名の退社届提出までの経過に付て、申立人会社から、単に、説明をきいただけで、同日、組合大会を開催し、右両名解雇反対を決議し、その旨の決議書を申立人会社に交付して、申立人会社役員を誹謗するビラを、申立人会社事務所に貼りめぐらし、後記の如く、一方的偏見にもとづく無根の事実をつらねた宣伝文書を組合員に配布して、申立人会社役員に対する組合員の反感、憎悪をあおると共に、一般組合員に対しては、必要以上の威圧を加えて、同月七日から、右両名の解雇取消要求を掲げて、労働組合法第五条第二項第八号にいわゆるスト権確立投票を実施し、同月一二日、いわゆるスト権を確立した。而して、その間右両名は、四囲の状勢が、自己に有利に展開しつつありと判断し、前記退社届を撤回し、依願退社を拒否したので、申立人会社は、同月六日、経営協議会にはかり、同月一〇日、右両名に対し、懲戒解雇の通知をしたのである。

(五)  このようにして、高新労組は、下坂慶造、川淵操両名の解雇処分撤回を目的として争議に入り、次の如き争議行為をなした。

(1)  昭和三一年七月一〇日及び翌一一日の両日、組合員に対し、重役室、局長室、秘書室に出入する際は、斗争委員に届けなければならない旨、社内マイクによつて指令し、申立人会社の業務遂行に制限を加えた。

(2)  同月七日から同月二〇日まで、許可なく、就業時間中に、しばしば斗争委員会、執行部会を開催し且宣伝活動を行つた。(尚、申立人会社は、同月一二日、この点に付て、警告を発したが、高新労組は、これを無視した。)

(3)  同月七日から同月一六日まで、申立人会社の本社の事務室、ろう下、工場の各天井、壁等に、(イ)独裁社長を追放せよ(ロ)新聞ゴジラ福田を倒せ(ハ)専制と陰謀を撲滅せよ(ニ)陰謀と裏切りを叩き出せ(ホ)暗黒政治を葬れ(ヘ)憲兵政治を葬れ(ト)新聞社の発展阻む無能無知の経営者(チ)老重役よ生永らえて恥多し(リ)失政の上塗り(ヌ)社長や重役方に人の道を教えようと記載したビラ数百枚を貼布掲示した。(申立人会社は、同月一一日、一二日の二回に警告をしたが、高新労組は、これを無視した。)

(4)  申立人会社所有の社名入封筒を使用して、

(イ)  同月五日に、下坂、川淵両名の解雇問題に関し、申立人会社の経営者の一部が、よこしまな意図を実現するために、ことさらに、問題を過大に取り上げ、専断的に解雇を決定した旨述べて、反対斗争の支援を要請した文書(甲第三二号証)百数十部を申立人会社株主九七名、日本新聞労働組合連合会、同連合会傘下にある香川、徳島、愛媛各県の日刊新聞労働組合、高知県内の主な労働組合、高知県選出の国会議員並びにリーダーズ・ダイジェスト東京支社編集長福岡誠一に郵送配布し、

(ロ)  同月一〇日に、前記解雇問題に関し、「従業員の皆さんへ」と題し、野心家の福田社長一派が働く者の味方をする中野信男編集局長を倒すため、まず、その両腕である下坂、川淵両名を除こうとして狙い打ちに、右両名のみの身元調査を行つて、抜打ちに首を切つた旨並びに福田社長が陰謀により高知新聞社を乗取つた旨記載した川淵操の手記を印刷した宣伝文書(甲第四二号証)数百部を、非組合員を含む申立人会社の従業員並びに株主、前記(イ)に記載の労働組合、高知県選出国会議員、高知県議会議員、並びに福岡誠一に郵送配布し、

(ハ)  同月四日から同月一三日までの間に、「バクロされた恐怖政治の実体」と題し、その内容として、会社側では必要あつて、全従業員の履歴を調べたところ、たまたま、この両氏(下坂、川淵)について学歴詐称の事実が現れたといつているが、実は二人のみについて、故意に調査したものであつた云々、会社はスパイを使い、密告活動、投書活動によつて、われわれの身辺を監視している云々、社長や重役のお気に召さなければ、理由はどうでもこじつけて、いつでも、首をきられるだろう云々、あきらかに福田独裁政府を確立するための専制人事である、暴力的な封建人事である、気にいらぬものは、片つぱしからお手討だ云々、夏川社長が高知にもいた、われわれの眼の前にいた、うそと横暴と慢心にかたまつた会社側が、この次には、必ず組合弾圧の大陰謀をめぐらすことは、わかりきつている云々と記載した宣伝文書(甲第二七号証)或いは又、めざすところは、「暗黒の独裁体制」と題して、昨年来、組合員の団結が、とみに強まり、従来のように、ワンマン的暴力が振えなくなつた、そこで、焦つた会社側が、完全な独裁政府をめざして、まず身分の不安定な二人の従業員にその毒牙を向けたのである、暴力政権に対する正しい批判的勢力をブチ殺し、ナチス的な憲兵政治を復活、組合活動をおさえ、民主的な社内の空気を暗い封建色にぬりかえ、そのうえで思うままのワンマン体制を確立しようとしている云々と記載した宣伝文書(甲第二九号証)数百部を、前記(イ)掲記の労働組合並びは申立人会社の支社、支局に郵送配布した外、同数千部を申立人会社の一般従業員に配布した。

(六)  ところで、右争議は、その目的に於て違法であるから、全体として右争議は違法である。即ち、右争議は、事実上、申立人会社の編集局内部の人事を決定する権限を有するところの申立人会社の利益代表者でしかも非組合員である前記下坂川淵両名の解雇撤回を目的としたものであつて、申立人会社と高新労組との間の労働関係に関する主張が一致しないために、その主張貫徹を目的としてなされたものではないから、右争議は、労働関係調整法第六条に適合しない違法争議である。

相手方は、高新労組は昭和三一年七月二日当初から民主的人事機構確立の要求を申立人会社に通告して斗争態勢に入つたと主張するが、かかる事実はないのであつて、同月一一日なされた高知県労働組合総評議会の示唆によつて、組合大会を開催し、民主的人事機構確立問題をとりあげることを議決し、同月一二日に至り始めて、高新労組は、申立人会社に対し、民主的人事機構確立を議題とする団体交渉の申入をなしたのである。しかも、右申入れには、下坂慶造、川淵操両名の解雇問題をからませてあつたので、申立人会社は、右解雇問題を除外すれば、協議に応ずる旨回答し、高新労組もこれに同意したので、翌一三日、団体交渉を開いたところ、高新労組は、前言をひるがえして、右解雇問題を持ち出したので、一応団体交渉を打切つた次第である。ところが、高新労組は、民主的人事機構の確立に付ては、団体交渉の本筋に入らないまま、翌一四日、高知県地方労働委員会に斡旋を申請したのである。

即ち、高新労組は、民主的人事機構確立を具体的に掲げ団体交渉を申立人会社に申入れる以前に、既に、数々の斗争手段をとつているが、一度の団体交渉すら持たない事項の実現をめざして、争議行為を行うという事は了解し難いところで、従つて、右争議の目的は、民主的人事機構の確立にはなく、前記両名の解雇取消にあつたことは疑のないところである。

(七)  次に、個々の争議行為に付ても、次のような違法なものがあつた。即ち、

(イ)  前記(五)の(3)に記載のビラは、その内容に於て、申立人会社役員を誹謗するものであり、又その貼布掲示の場所は、申立人会社指定の掲示場以外の前記場所である。

(ロ)  前記下坂、川淵両名の解雇は、取締役中野信男を除く他の全取締役の合意により、取締役会に於て議決されたものであり、又申立人会社は、昭和三〇年一二月争議に於て、労使双方に対し提示された高知県地方労働委員会の勧告を尊重し、高新労組との間に於て、昭和三一年一月組合専従員設置に関する協定、同年四月申立人会社経営協議会協定、同年五月苦情処理機構設置に関する協定等を締結し、或は同年一月総務局を新設、同年四月には新給与体系を創設し、同年五月には日給従業員を全部月給制に切替え、深夜業従事者の労働時間を一時間短縮する等、次々と労使関係の改善と労働条件の向上に努力していたのである。

然るに、前記(五)の(4)の各文書の内容は、一方的偏見に基き申立人会社の役員の意図を臆測して、いずれも虚偽の事実を記載したもので、高新労組は、かかる文書の配布によつて申立人会社の信用を傷つけた。

(ハ)  右文書の発送にあたつては、昭和三〇年一二月七日、申立人会社が使用禁止の通達をなしたのにもかかわらず、昭和三一年七月上旬、勝手に、申立人会社所有の社名入封箇一千部以上を、申立人会社資材部倉庫より持出し、その内約一千部を盗用したものである、

(八)  ところで、右不法争議遂行に際して、昭和三一年七月二日から同月五日までの間は、相手方本久晃は、高新労組の執行委員長、相手方山川正は、同じく副執行委員長、同月六日からは、相手方本久晃は斗争委員長、相手方山川正は副斗争委員長として、又相手方堅田慎一郎は、経営協議会組合側幹事として、高新労組の執行部員の一員であり、争議中は斗争委員会内部の一組織たる戦術委員会の委員長として、いずれも右争議の企画、指導、遂行に当つた責任者で、本件違法争議の責を負うべきものである。

(九)  そこで、申立人会社は、昭和三一年八月三〇日、相手方三名に対し、労働基準法所定の解雇予告手当を提供し、内容証明郵便を以て解雇の意思表示を発し、右意志表示は翌三一日相手方三名に到達した。

(一〇)  仍て、相手方三名は、申立人会社の従業員たる地位を喪失したものというべきところ、相手方三名は、これを争い、右解雇の意思表示をうけた後も、依然、別紙目録記載の申立人会社社屋内に出入し、かつ、相手方本久晃は、申立人会社のマイクを使用して、組合大会についての社内放送をなし、いずれも申立人会社の秩序をみだし、これがため、申立人会社は、その業務の円滑な遂行を阻害され、重大な損害をこうむる恐れがあるので、経営権保全のため、本件仮処分申立に及んだものである。

(一一)  相手方三名主張の事実中、第二の(二)の(ロ)の(A)(B)(C)の事実、解雇当時相手方三名が申立人会社から受けていた給与額及び相手方本久晃が養母を、山川正が、父と子を扶養している点は認めるが、相手方三名の解雇は、申立人会社が、前記主張する如く有効で、従つて、その無効を前提とする相手方三名の本件仮処分申立は失当である。

仮に、そうでないとしても、相手方山川正の妻は、申立人会社に勤め、一月金一七、二〇〇円の給与を受け、又相手方本久晃の妻も、申立人会社に勤め、一月金一〇、〇〇〇円弱の給与をうけており、又相手方本久晃は、失業保険金として今後七ヵ月間に合計金七四、五五〇円、退職金六九、二七五円、解雇予告手当金二四、一二〇円を、相手方山川正は、失業保険金として今後七ヵ月間に合計九六、六〇〇円、退職金一五五、八〇二円、解雇予告手当金三七、二三〇円、相手方堅田慎一郎は、失業保険金として今後六ヵ月間に合計金七二、〇〇〇円、退職金一八、九〇八円、解雇予告手当金二四、三九〇円をうけられる状況にあるから、前記扶養家族の状況を考慮にいれても、相手方三名は、さしあたり、生活に困ることはない。従つて相手方三名は、本件仮処分を求める必要がないから、右仮処分申立は失当である。

と述べた。

相手方三名代理人は、昭和三一年(ヨ)第一七一号事件の答弁並びに同年(ヨ)第一七四号事件の申立理由として、

第一、申立人会社主張の(一)の事実は認める。同(二)の事実は不知。同(三)の事実中、申立人会社が、編集局次長下坂慶造、同川淵操両名が学歴を詐称したと称して、取締役兼編集局長中野信男を通じて、右両名に対し、辞職を要求したことは認めるが、その他は不知。同(四)の事実中、高新労組が昭和三一年七月二日、申立人会社に対し、前記下坂慶造、川淵操両名の解雇撤回を申入れたこと、同月一二日、高新労組が労働組合法第五条第二項第八号にいわゆるスト権を確立したことは認めるが、その他は争う。同(五)の(1)の事実中、昭和三一年七月一〇日、高新労組が、申立人会社主張の如き指令をなしたことは認めるが、翌一一日同様の指令をなしたことは否認する。翌一一日には、前日の右指令を撤回する旨のマイク放送をしたものである。同(五)の(2)の事実は認める。同(五)の(3)の事実中、(イ)(ロ)の如きビラを掲示貼布したとの点、ビラの枚数の点を除き、その余を認める。同(五)の(4)の(イ)の事実中、郵送配布した文書の部数及び該文書の内容を要約表現した部分を除き、その余は認める。同(五)の(4)の(ロ)の事実中、郵送配布文書の部数、該文書を高知県県会議員並びに福岡誠一に郵送配布したとの点及び該文書の内容を要約表現した部分を除き、その余は認める。同(五)の(4)の(ハ)の事実中、申立人会社主張の甲第二七、二九号証の各文書を高新労組員に配布したことは認めるが、その余は否認する。同(六)の事実中、高新労組が昭和三一年七月一四日、高知県地方労働委員会に斡旋申請をしたことは認めるが、その他は争う。同(七)の事実中、(五)の(3)に記載のビラ(ただし(イ)(ロ)を除く)を、高新労組が、申立人会社指定の掲示場以外に貼布掲示したこと、高新労組と申立人会社との間に、申立人会社主張の日にその主張の如き三つの協定が成立したこと、申立人会社がその主張の日申立人会社所有の社名入封箇を、高新労組が使用することを禁ずる通達を出したこと、高新労組が(五)の(4)記載の文書の郵送配布に申立人会社の社名入封箇を用いたことは認めるが、その余は争う。同(八)の事実中、相手方三名が夫々、申立人会社主張の如き高新労組の役員及び経営協議会幹事をしていたことは認めるが、その余は争う。同(九)の事実は認める。同(一〇)および(二)の事実中、相手方三名が解雇の意思表示をうけた後も、依然、申立人会社社屋内に出入していること、相手方本久晃が、昭和三一年九月八日、申立人会社のマイクを使用して、高新労組員に組合大会開催を告げたことは認めるが、その余は否認する。

第二、本件争議は、その目的において、何等違法ではない。即ち、

(一) そもそも、申立人会社と高新労組との間には、正常な労使関係確立のために、昭和三一年一月以来交渉が重ねられ、申立人会社が主張する如く、組合専従員設置に関する協定、経営協議会協定、苦情処理機構設置に関する協定が結ばれ、尚、組合活動に関する協定その他本来労働協約の一部をなすべき民主的人事機構の整備確立に付て交渉が進められていたところ、たまたま同年六月末、申立人会社は、編集局次長下坂慶造、川淵操両名に対し、学歴詐称の点ありとして、一方的に辞職を要求し、肯じない場合には、両名を懲戒解雇処分に付する旨の強硬措置をとる事を決定する事態が生じた。

ところで、右両名は、過去二十年間申立人会社に雇われ、ひたすら社運の隆盛に貢献し、有能なる社員として累進し編集局次長となつたことに鑑みるとき、学歴詐称は軽微なことと言うべきで、又右事案の原因は、右両名が高新労組の組合員当時の事柄であること、右両名の解雇に付ては申立人会社の就業視則第三〇条に従つて、経営協議会の意見をきくべきであるのに、その手続をふまず、又右両名の弁明もきかないで、申立人会社の役員会に於て、一方的にこれを決定したことを考えると、たとえ右解雇が非組合員たる右両名に関するものとはいえ、右事態は将来高新労組の組合員に身分の不安定による不測の動揺を与え、又組合員の生活権並びに勤労の権利を奪う重大な結果を招来するかも知れないことを憂えないわけにはいかなくなつたのである。そこで、高新労組は同年七月二日、緊急組合員大会を開き、組合員の身分安定のための民主的人事機構の確立及びこれに随伴して、右両名の解雇取消を申立人会社に要求することを決議し、申立人会社に右決議を通告して、闘争に入つた。而して、その後一度双方の間に団体交渉が開かれたが、申立人会社は右解雇問題を議題から除けば、団体交渉に応ずる旨通告してきたので、高新労組は、単に民主的人事機構の確立のみを議題として団体交渉の申入をしたが、申立人会社は、前言をひるがえしてこれに応じなかつたので、同月一四日、高知県地方労働委員会に斡旋申請をしたのである。

以上述べた通り、本件争議の目的は、民主的人事機構の確立にあつて、右解雇問題は、右民主的人事機構確立要求の単なるきつかけに過ぎず、右解雇撤回要求は右争議目的の一環として且組合団結強化の一方法にすぎなかつたのであるから、右争議はその目的に於て違法なものではない。

(二) (イ) 又争議の目的が、経営補助者である非組合員の解雇反対であるとしても、右解雇が、組合の団結権を侵害する場合には、その争議は適法と解すべきである。本件に付てみるに、下坂慶造、川淵操両名は、もと高新労組の組合員であり、常に組合の団結と発展のために尽力し、過去の争議に於ても、組合側の意向を尊重し、むしろ組合の代弁者として行動してきた場合もあり、それ故に、右両名が解雇されることは高新労組の団結に影響を及ぼすこと大なるものがあるので、高新労組の存立乃至団結のために、等閑に附することは出来なかつたのである。従つて、右解雇取消要求をかかげたとしても、本件争議は違法とみるべきではない。

(ロ) 更に、申立人会社の人事権或いは経営権について、高新労組が介入することは、その人事或いは経営行為が、高新労組に対する圧迫或いは組合員の経済的地位乃至生活権等に関係するものであるときは、許さるべきである。それ故に、本件争議以前においても、(A)高新労組は、昭和三一年四月二六日、原南海男が申立人会社に入社する際に申入を行い、申立人会社は右申入を了承し、(B)又新聞紙面の増頁に付ても、同年三月一〇日、高新労組に対し、部長会会長より協力を要請する申入があり、(C)更に労務管理については、高新労組は、同年六月一〇日、申立人会社の不当労働行為を指摘抗議した。而して、申立人会社は、右抗議に対し、同月一三日、「労務管理については、今後一切の不信や、トラブル、誤解を招かぬように、社長が責任をもち具体的改善方法については、労使双方が研究する」ことを約束したことがあり、このように高新労組は、申立人会社の経営、人事に関与していたものであるが、編集局次長たる下坂慶造、川淵操両名の解雇は、前記(イ)に述べた如く、組合の利害に影響があるので、これは介入しても違法ではない。

要するに、本件争議は、その目的に於て何等違法とすべき点はないというべきである。

第三、次に、本件争議には個々の具体的争議行為に付いても、違法とみるべきものはない。即ち、

(イ)  本件争議におけるビラの貼布掲示場所は、昭和三一年三月及び同年六月の争議の際におけると殆んど同一で、前二回の争議の際には、黙認されていたところであつて、本件争議に際し、申立人会社の信用及び営業を阻害しないよう慮り、特に右貼布掲示の場所を、社屋内の天井、壁等に限り、かつ、貼布掲示方法も、ビニール絶縁体テープを以てし、貼布跡のつかないようにしたのであるから、違法とみるべきではない。

(ロ)  次に、社名入封筒の使用に付ては、その使用した内の大部分は、相手方三名が高新労組執行部員となつたとき、組合事務室に既にあつたもので、組合としては、用紙類は全部申立人会社から有償譲渡をうけていた関係上、封筒も過去に於て有償譲渡をうけて、組合所有となつているものと考えてこれを使用したのである。又使用した内の一部分は、昭和三一年七月一日、高新労組事務員葛目清子が、申立人会社資材部員井上博久から貰い受けたもので、而して他の新聞社の労働組合に於ても、当該新聞社の社名入封筒に組合印を押捺して、組合のために使用している例も多く、又申立人会社の労務担当金山光利が、高新労組の執行委員長当時も、組合は申立人会社の社名入封筒や便箋を使用しており、かかる事はいわば労働慣習のようになつておるので、右葛目も、社名入封筒を貰い受けて使用する行為を許されたものとして信じてなしたもので、違法視すべきではない。

(ハ)  次に、ビラ、組合ニュース、その他申立人会社主張の文書の内容に付ては、措辞激越なものや、申立人会社役員に対する侮辱的言辞も、部分的には見受けられるが、その基調とするところは、組合員の団結と意気の昂揚を目的としたもので、違法視すべきではない。又他に郵送配布した文書の内容に付ても、申立人会社の主張する如く、虚偽の事実を記載したものではなく、当時の客観状勢のもとでは、何人もそのように解したであろうという見解を、高新労組が発表したものである。いずれにしても、右文書、ビラは、これによつて、申立人会社の信用を傷つけ、業務を阻害する目的でしたものではなく、かかる事実も発生してはおらず、もとより不法とみるべきではない。

第四、相手方三名に対する本件解雇の意思表示は、以下述べる理由によつて、無効である。

(一) 以上述べたとおり、本件争議は全体としても違法ではなく、又個々の具体的争議行為に付ても違法な点はない。

ところが、相手方三名がいずれも、昭和三一年八月一四日、高新労組の役員を辞するや、翌一五日申立人会社は、相手方三名に対し辞職を要求し、相手方三名がこれに応じなかつたところ、遂に、同月三一日、解雇の意思表示を相手方三名に対してなすに至つたのである。これは明かに相手方三名が本件の正当なる争議行為をなしたことを理由にしたものであるから、右解雇は不当労働行為で、無効である。

(二) 仮に、本件争議が、その具体的争議行為において、申立人会社主張のような違法の点があるとしても、

(イ)  本件争議は、組合大会の決議によつて支持され、個々の具体的争議行為は、闘争委員会によつてきめられ、相手方三名もその委員の一員として関与したのに過ぎないのにも拘らず、これに関与した斗争委員の内、相手方三名のみを解雇したことは差別待遇であり、労働組合法第七条第一号所定の不利益な取扱をなしたものとして、右解雇は無効である。

(ロ)  又、右主張が理由がなく、相手方三名に於て違法な本件具体的争議行為の責を負うべきであるとしても、右違法は軽微であるから、これを理由として相手方三名を解雇したのは解雇権の濫用で、従つて右解雇は無効である。

第五、従つて右解雇の有効であることを前提とする申立人会社の本件仮処分申立は失当である。のみならず、本件仮処分は、その必要性を欠くからこの点からするも失当である。

ところで、相手方三名の解雇は右の如く無効であるから、相手方三名は、依然として申立人会社の被用人としての地位を有しているものというべく、而して、右解雇の意思表示のあつた当時申立人会社から、相手方本久晃は一月金一八、一二〇円。同山川正は一月金二二、六四〇円、同堅田慎一郎は一月金一七、五四〇円の給与をうけ、右本久晃は、妻、養母、実父、弟妹五人を、山川正は、妻、長女及び父を、堅田慎一郎は父母を、扶養していたものである。そこで、相手方三名が、申立人会社を被告として提訴した解雇無効確認訴訟(当裁判所昭和三一年(ワ)第三五六号事件)の判決確定をまつては、相手方三名はつぐなうことのできない損害をうけるので、本件仮処分申立に及ぶ。

と述べた。

証拠の提出認否〈省略〉

理由

(一)  申立人会社が、高知市に本店を置き、その主張の如き業務を営むことは、当事者間に争がない。

而して、申立人会社が昭和三一年三月、社員の給与体系をつくるに当つて実施した社員の経歴調査に対し、編集局次長下坂慶造は中央大学卒業、同川淵操は広島高等師範学校卒業と、夫々、学歴を詐称申告したこと、右両名は昭和二一年及び昭和二四年に、夫々実施された経歴調査に対しても学歴を詐称申告したこと、申立人会社が昭和三一年六月二九日に開かれた取締役会に於て、右両名の学歴詐称を理由に、両名に対して依願退社をすすめ、両名がこれに応じないときは、両名を懲戒解雇処分に付することを決定し、その頃、編集局長中野信男を通じて、両名に対し、右決定を通知したこと、右両名がその頃右中野に退社届を託したことは、疎甲第五五号証の一、証人西本正三、中野信男の証言によつて明かである。

(二)  右の事態に対して、高新労組が昭和三一年七月二日、右両名の解雇撤回を申入れたことは当事者間に争なく、而して、高新労組は、翌三日申立人会社社長福田義郎から、右事態に立ち到つた事情を聞いた上で、同日組合大会を開き右両名の解雇反対を決議し、右決議書を申立人会社に交付したことは、疎甲第五六号証、証人西本正三の証言及び相手方本久晃の供述により明かで、申立人会社が、右解雇撤回要求に応じなかつたことは当事間に争がない。

(三)  かくて、高新労組は、次の如き争議行為を行つた。即ち、高新労組は、

(1)  昭和三一年七月一〇日、申立人会社が(五)の(1)に於て主張する如き内容の指令をなした。(この事は当事者間に於て争なく、而して翌一一日にも同様の指令をなしたとの申立人会社の主張事実は、これを疎明する証拠がない。)

(2)  申立人会社が(五)の(2)に於て主張する如き行為をなした。(この事は当事者間に於て争がない。)

(3)  同月五日、申立人会社社名入封筒を使用して、疎甲第三二号証及びこれと同様の文書(内容に付いては後記)を、申立人会社主張の宛先に郵送配布した。(この事は当事者間に於て争がない。)

(4)  同月一〇日、申立人会社社名入封筒を使用して、疎甲第四二号証及びこれと同様の文書(内容については後記)を、申立人会社主張の宛先の内高知県県会議員及び福岡誠一を除くその余の宛先に郵送配布し(この事は、当事者間に於て争がない。)又、右文書を福岡誠一にも郵送配布した。(この事は、証人大町正隆の証言により明かで、右文書を高知県県会議員に郵送配布したことは、これを疎明する証拠がない。)

(5)  申立人会社社名入封筒を使用して、疎甲第二七、二九号証及びこれらと同様の文書(内容に付ては後記)を、高新労組の組合員に配布し、(この事は当事者間に於て争がない。)又、右文書(疎甲第二九号証と同様のもの)を非組合員である申立人会社の従業員にも配布した。(この事は、証人金山光利の証言によつて明かで而して、申立人会社主張のその余の宛先に、右疎甲第二七、二九号証と同様の文書を郵送配布したことは、これを疎明する証拠がない。)

(6)  申立人会社が(五)の(3)に於て主張する期間、その主張の場所に、その主張の(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)の如きビラを掲示し、(枚数の点を除き当事者間に争がない。)又、申立人会社主張の(イ)の如きビラを掲示した。(この事は証人金山光利、岡崎隆一の証言によつて明かで、而して申立人会社主張の(ロ)の如き内容のビラを高新労組が掲示したことを疎明する証拠はない。)而して、右貼布掲示したビラの枚数は合計約一〇〇枚であつた。(この事は証人岡崎隆一の証言によつて明かである。)

その間、高新労組は、労働組合法第五条第二項第八号所定の手続をして、同月一二日、所謂スト権を確立したこと並びに申立人会社が同月一〇日下坂慶造、川淵操両名に対し、懲戒解雇の通知をしたことは当事者間に争がない。

(四)  そこで、右争議がその目的に於て違法であり、従つて、右争議が全体として違法と解すべきかどうかに付て考察する。

思うに、右争議のおこるきつかけとなつた下坂慶造、川淵操両名の解雇は、両名が学歴を詐称したため、これを理由とするものであること前記の通りであつて、而して、学歴詐称は、使用者をして現実に労働者の労働条件の決定、又は重要な採用基準の適用、労働力の配置、労働者の採用後の昇進昇給等に関する判断を誤まらせるか又は誤まらせる恐れがあり、ひいては、当該企業の経営秩序を乱し、企業の完全な運営を阻害する行為であつて、一般に懲戒事由に該当するものというべきであるが、その懲戒処分に付する手続及び如何なる懲戒処分に付すべきかということは、具体的事例に則して、就業規則その他信義則を基調として決せらるべきものであるところ、これを、右下坂慶造、川淵操両名の解雇に付てみると、証人西本正三の証言、疎甲第四二、四三号証によれば、下坂慶造、川淵操両名は申立人会社に入社以来既に十五年乃至二十年を経過し、その間大過なく勤続したこと、右両名が入社当時その詐称した学歴程度が採用条件ではなかつたことが疎明され、(右認定に反する証人大町正隆の証言は、いまだこれを採用することはできない。)右事実によると、右両名が編集局次長に累進したのはあながち詐称した学歴のみによるとは考えられず、右両名が永年勤続した業績と手腕をも買われたものとみるのが相当で、このような場合、採用後間もなく学歴詐称が発覚した場合と異り、学歴詐称を理由に、懲戒処分の内、最も重いところの解雇処分に付することは、申立人会社の主張するところの、新聞社が真実の報道をモツトーとするもので、その中枢である編集局次長なるが故にという理由だけでは、相当性を欠くものと言うべきで、この事と右両名を解雇処分に付するについては、事前に、何等両名に釈明の機会を与えなかつたこと、下坂慶造がもと高新労組の執行委員長をしたこともあり、而して、下坂慶造、川淵操両名は、組合に対して好意的な立場にあつたこと、編集局次長は、事実上局部員の人事の決定権を有していること、又、右両名がもと、いわゆる平社員であつたが、累進して、非組合員たる編集局次長となつた如く、申立人会社に於ては、組合員たる平社員も、他日累進して、例えば編集局次長、局長、取締役の如く会社の利益代表者となる道が開かれていること(これらの事は、証人西本正三、中野信男の証言、相手方本久晃、堅田慎一郎各本人の供述によつて明かである。)に、疎甲第六、第二七、二八、第三四、三五、第三八、四〇、四一、五三、五六号証、証人岡崎隆一の証言、相手方本久晃、堅田慎一郎各本人の供述を綜合すると、高新労組は、右両名の解雇を不当解雇とみたこと、当初は右両名の解雇という緊急の突発的事態に眼を奪われ、右解雇反対を強調するの余り、解雇取消要求を貫徹するためにのみ、争議に入つたと思われる如き行動をとつたが、高新労組と申立人会社との間に、雇傭条件、昇進、解雇等一般的人事事項に関する労働協約が締結されていない(この事は当事者間に於て争がない)状況下にあつて、右両名の解雇処分に付された理由、手続に不安を覚え、将来に於て組合員に対しても同様の事態の発生することを懸念し、組合員の利益を守るため、人事機構の確立を要求して斗争すべきであるとし、かつ又、組合員たる平社員も累進して、他日は申立人会社の経営補助者として非組合員たる地位に立つことを慮り、非組合員たる右両名の解雇問題を、ひとり組合員の問題であるのみならず、従業員一般の立場に於て捉えて考え、右解雇反対斗争をしたことは明かである。即ち、高新労組が、右両名の解雇取消を争議の目的の一として掲げたのは、前記の如き意味に於て、右両名の解雇が、組合員の利害に直接、間接に関連があつたからである。かかる場合には、非組合員たる右両名の解雇反対をも、争議の目的の一として掲げたからというて、直ちに右争議は違法であると解するのは妥当ではない。

(五)  申立人会社は、本件争議はその経過からみると、川淵操、下坂慶造両名の解雇反対のみを目的とした違法なものであると主張し、而して高新労組が団体交渉の議題として、初めて民主的人事機構確立ということを明確に打ち出したのは、争議行為に入つてから数日後の昭和三一年七月一二日であることは、証人西本正三の証言及び疎甲第一六号証によつて明かであるが、高新労組は、本件争議の当初、些か右両名の解雇反対を強調し過ぎた嫌があることは否めないが、その真意とするところは、前記の通りであつて、申立人会社の右主張は、採用し難いところである。

(六)  そこで、個々の争議行為の違法の有無に付て考察する。

(1)  まず、申立人会社が(五)の(3)に於て主張のビラの貼布掲示の点に付て考えるに、高新労組が申立人会社主張の(ロ)のビラを除くその余のビラを掲示貼布したことは前記の通りで、而して、右(ロ)のビラは、高新労組がこれを掲示貼布したものではなく、土佐労農党と称する外部応援団体が、申立人会社主張の場所に貼布したものであることは、証人大町正隆の証言と相手方本久晃本人の供述によつて明かである。併しながら右供述によると、高新労組は、右(ロ)のビラの貼布掲示を黙認したことも明かであるから、右(ロ)のビラの内容及び掲示の仕方に付て違法な点があれば、その責任は、高新労組に於て免れ難いところである。

ところで、右ビラの内、(イ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(リ)(ヌ)の如き内容の各ビラは、その表現が誇張に過ぎた嫌はあるが、その意図するところは、前記争議目的を表現したものとして、争議という特殊なふん囲気の内に於ては、気勢をあげ、団結を強めるためには、この程度の表現は許さるべきであるが、(ロ)(ト)(チ)の如き各ビラは、特定の個人を誹謗し、かつ、前記争議目的を達成するため必要な手段方法の限度を超えた違法があると考える。

次にビラの掲示貼布の場所に違法なものがあつたかどうかを検討するに、右掲示貼布の場所が、申立人会社主張の如く、申立人会社の指定許容した場所以外になされたことは、当事者間に争のないところであるが、右貼布掲示は、申立人会社社屋を損傷汚損しないように、貼布用ビニールテープを用い、かつ、申立人会社の業務遂行を現実に阻害することのないよう(例えば天井高く貼布)なされたことは、疎甲第四八乃至第五〇号証及び相手方本久晃本人の供述によつて明かで、争議という異常事態に於て、右の如き程度の場所、方法によつて掲示貼布することは、特に違法として、これをとり上げ云々するに足りないと解する。

(2)  そこで、次に申立人会社が(五)の(4)に於て主張するところの配布文書の内容の違法の有無に付て検討する。申立人会社主張の(五)の(4)の(イ)の文書の内容は、前記下坂慶造、川淵操両名の解雇処分が過酷であること、右解雇処分の裏面に非常に忌わしい意図が含まれていると思われること、右解雇処分が申立人会社の一部経営者の専断によること、右解雇撤回要求貫徹とファッシズムの根元除去のための支援指導を要請したものであることは、疎甲第三二号証によつて明かであり、同(ロ)(ハ)の各文書の内容の内には、申立人会社主張の如き趣旨の個所があることは、疎甲第四二、二七、二九号証によつて明かである。ところで、疎甲第五五号証の一によると、川淵操、下坂慶造両名の解雇は、取締役中野信男を除く他の全取締役の合意により、取締役会に於て、議決されたことは明かであり、又申立人会社と高新労組との間に、昭和三一年一月組合専従員設置に関する協定、同年四月経営協議会協定、同年五月苦情処理機構設置に関する協定が結ばれたことは、当事者間に争のないところで、これをみると、労使双方の間に於て、次々と労使関係の改善に努力が重ねられたものがあることは窺えるのである。そうすると、前記文書の内容は、右事実に反する限りに於て、虚偽の内容を記載したかのようであるが、疎甲第三号証及び証人中野信男の証言によると、下坂慶造、川淵操両名の解雇は、昭和三一年六月二八日、中野信男が申立人会社社長福田義郎から右両名に対するその伝達方を命ぜられたとき、実質上、確定的なものとなつていたことで、その翌日開かれた取締役会及び同年七月六日、右解雇問題を議題に開かれた経営協議会の如きは、いわば形式をととのえたに過ぎず、又これよりさき、同年四月頃、社長福田義郎は、中野信男に対して、右両名の内、下坂慶造の学歴詐称の事実を単に告げたことはあつたが、その後、右両名の解雇問題に付ては、右両名の直接の上司である編集局長兼取締役の中野信男と全然相談せず、突然前記解雇の伝達方を命じたこと、その後、右中野が右解雇処分の撤回方を申入れたが、頑として容れなかつたことが認められるのであつて、この事実からして、高新労組が、(イ)の文書に記載の如く右両名の解雇を、その裏面に何か忌わしい意図が含まれ、一部経営者の専断によるものと解したことは、あながち当を得ないものとは言い難いものがあり、又解雇された当事者である川淵操の手記内容を伝えた(ロ)の文書の内容に付ては、前記の事情からすると、中野編集局長を倒すために、まず下坂慶造、川淵操両名を除くべく狙い打ちに両名のみの身元調査を行つて抜打ちに首を切つたとみられても、已むを得ないものがあり、(この点に付ては、後記(ハ)の文書に付ても同様である。尚両名以外の学歴をも調査したと証人岡本正三、金山光利(第一回)は証言するが、まだ右事実の疎明十分とは言えない。)又、福田社長が陰謀によつて、申立人会社を乗取つたとして具体的記載した事実も、右川淵操が体験した事実の告白であるのみならず、これを反駁すべき具体的な証拠もない以上、直ちに右事実を虚構のものとするのは当を得ないところで、又、(ハ)の文書の内容も、やや誇張した嫌はあつても、大凡叙上の事実にもとづいて、人事の専断反対を強調し、組合の団結を求めたものに過ぎないとみるべきである。

(3)  又右各文書は、前述のように、第三者に対しても配布せられたのであるが、それは、その配布先から考えて、本件争議の事情を知らせて、その支援を求めるためになされたもので、かつ、そのために必要な最小限度の範囲の者に配布されたにすぎないとみられる。以上の次第であるから、前述の右各文書の配布は、特に申立人会社の信用を傷つける意図のもとになされたとみるべきではなく、従つて、何等違法な争議行為とはいえないと解する。

(4)  次に、右各文書の郵送に用いた封筒の点に付て考察するに、昭和三〇年一二月、申立人会社が高新労組に対して申立人会社所有の紙、筆墨、その他一切を使用することを禁じた通達をなしたことは、当事者間に争がないところであり、又疎甲第八、一五号証によると、申立人会社は、高新労組が右文書郵送に用いた封筒は、盗用したものとして、昭和三一年七月一一日及び翌一二日に、その入手経路を回答すべく、組合に要求したことは明かである。ところで、高新労組が、申立人会社主張の(五)の(4)の各文書を郵送配布するに、申立人会社の社名入封筒を用いたことは、当事者間に争なく、而して右封筒は、高新労組が申立人会社からこれを譲り受けたということの証拠はないのであるから、高新労組が、右封筒を用いたことは、右通達に反しているものというべきであるが、疎乙第二三号証の一、二、三第二四号証の一、二、三、四及び証人葛目清子(第一回)、岡崎隆一の各証言、相手方本久晃本人の供述によると、右通達後も、高新労組は、社名入封筒を用いていたが、これに対して、申立人会社から、右に述べた昭和三十一年七月一一、一二日迄には、抗議もなされていないし、又申立人会社のみならず他の地方新聞社の労働組合に於ては、慣行として、社名入封筒を組合のための文書郵送に用いていることが認められ、それ故に、一般には勝手に社名入封筒を用いることに付いての違法認識が不足していると言わなければならない。従つて、本件争議中に限り、右社名入封筒の使用を捉えて、特にその違法を強調してその責を追及することは、申立人会社から、前記昭和三一年七月一一日及び翌一二日の回答要求がなされた後は、社名入封筒が用いられたと認め得る証拠のない本件では、信義に反し許されないものと言うべきである。

(5)  そうすると、申立人会社が、違法争議行為として主張する行為の内、前記(ロ)(ト)(チ)のビラの掲示貼布のみ違法であると言うべきである。

(七)  相手方本久晃は、本件争議の斗争委員長、同山川正は副斗争委員長、同堅田慎一郎は戦術委員長をしていたことは、当事者間に争のないところであるから、特段の事由の認められない本件では、違法な右ビラの掲示貼布に付て、争議の指導者としての責を免れることは出来ないと解すべきである。

(八)  ところで、申立人会社は、本件争議行為はその主張の点に於て違法であるとして、その主張の日時、相手方三名に対して、解雇する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に争がない。

(九)  併しながら、右違法は、前記(ロ)(ト)(チ)のビラの貼布掲示に止まるのであつて、争議という異常事態を考えれば、右違法は軽微なものであるから、相手方三名を申立人会社の従業員たる地位に止めたとしても、申立人会社の企業の秩序維持を破壊する如き結果をもたらすものとは考え得ないところである。故に、右違法を捉えて、労働者である相手方三名にとつて致命的な解雇を以て臨むことは、労使双方の法益の権衡上、解雇権の濫用と断ずべきであるから、申立人会社のなした相手方三名の解雇の意思表示は無効である。

(一〇)  従つて、申立人会社の本件仮処分申立(昭和三一年(ヨ)第一七一号事件)はその余の判断をまつまでもなく、失当として却下すべきで、而して、相手方三名は、尚、申立人会社の被用人たる地位を有するものと言うべきである。

(一一)  そこで、相手方三名が本件仮処分(同年(ヨ)第一七四号事件)を求める必要性に付て考察するに、まず、相手方本久晃についてみるに、その妻は申立人会社につとめて、一月約一〇、〇〇〇円の給与の支給をうけているが、従前相手方本久晃に於て、実質上扶養していた家族は、養母、実父、一九才の弟、中学二年の妹があり、本件解雇の意思表示をうけて後の生計は、高新労組からの借用金によつて維持されていることは、相手方本久晃の供述によつて明かであり、相手方山川正に付てみるに、その妻は申立人会社につとめて、一月約一七、〇〇〇円の給与の支給をうけているが、相手方山川正に於て、実質上、扶養している家族は、長女、父、母があり、本件解雇の意思表示をうけて後の生活は、高新労組から借用金によつて営まれていることは、相手方堅田慎一郎本人の供述によつて明かで、又相手方堅田慎一郎に付てみるに、同人には扶養家族はないが、別に資産はなく、本件解雇の意思表示をうけて後は、高新労組からの借用金をもつて生計費に充てておることは、同人の供述によつて明かである。

そうすると、このままで、右仮処分申立事件の本案事件(当裁判所昭和三一年(ワ)第三五六号事件)の判決の確定をまつことは、相手方三名に対し、つぐなうことの出来ない損害を与えるものと認められるから、相手方三名は、本件解雇の意思表示のなされた時から右判決の確定に至る迄、仮に、申立人会社の被用人として、申立人会社から、右解雇当時の支給をうける必要性があること勿論である。

申立人会社は、その主張の事由によつて、右必要性がないというが、右主張は採用し難い。

而して、その給与額は、一月に付、相手方本久晃は金一八、一二〇円、同山川正は金二二、六四〇円、同堅田慎一郎は金一七、五四〇円であることは、当事者間に争がない。

そうすると、相手方三名が求める主文第二項同旨の仮処分の申立は、相当としてこれを認容すべきである。

仍て、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 安芸修 井上三郎 中川敏男)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例